プリプレス技術とワークフローの追求/髙瀬勝己

製版におけるトラップ処理の数々

CMYK
CMY
音楽、アニメ関連の印刷物は何よりも品質を求められるので製版におけるトラップ処理は必須です。自社ではSCREENのワークフローRIP EQUIOSの自動製版(以下、In-RIPトラップと記載)で処理しています。これらを手動で行うには1つのドキュメントに対して数十分、あるいは数時間かかるケースも珍しくありませんが、In-RIPトラップであればほとんどが数秒で終わり手動では到底無理な処理も可能だからです。このトラップ処理をいかに速く終わらせるかが製版工程の要となるためにあくまでもIn-RIPトラップが基本ですが、何らかの理由(透明効果を使用など)でIn-RIPトラップが使えない部分がある、一部トラップ幅を変更して組み合わせる必要がある場合等は手動トラップで対応します。In-RIPトラップとの併用が可能な構造の手動トラップ処理をIllustratorのアクションによって自動化しています。
トラップ処理と言ってもキックバック処理とは区別した方が理解しやすいので便宜上使い分けて説明します。私が携わる仕事においては、トラップ処理は特色がある場合のみに行うのが通常ですが、キックバック処理はプロセスカラーに対しても行うので必須の処理となります。
Illustrator専用アクション「トラップ処理_2024」

キックバック処理
キックバック(逃がし)処理を行う際に使うアクションです。予めテキストはアウトラン化しておきます。
キックバック(白抜き)、キックバック(リッチブラック)
キックバック(白抜き)は、パスのアウトライン(線への対応)をかけたものをコピーして背面へペースト。塗りをC1M1Y1K100に設定します。CMYに各1%ずつ入れている(いずれかのみだと無視されるRIPもあるため)のは自動スミノセの対象外にするためです。パスのオフセットで数値と角の形状を指定して完了です。
キックバック(リッチブラック)は、パスのアウトライン(線への対応)をかけたものをコピーして前面へペースト。塗りをK100に設定してオーバープリントを適用しています。パスのオフセットで数値と角の形状を指定して完了です。
In-RIPトラップの対象から外れる設定(オーバープリントと透明)を行なっているので二重にトラップ処理がされる事なく混在が可能です。
キックバックの線幅はリッチブラックと単スミという黒同士であり、線であれば色の差はルーペで見なければわからないレベルのためトラップ幅の1.5〜2倍でも問題ありません。このぐらいの余裕があれば極小白抜き文字であっても全判のファンアウトにも十分な保険が掛けられます。Adobeのサイト* にあるようなトラップ値とは異なり、日本の一般的な印刷物では2/3程度です。EQUIOSの自動製版もデフォルトは0.06mmであり、私自身がこれまで見てきたりテストの中で得た基本と言えるであろうトラップ幅の認識も同じです。従ってキックバック値は0.09〜0.12mm程度となります。
また、4Cブラックのオブジェクト上にある白抜きオブジェクトに対しては、Kが100%ではないためIn-RIPトラップでは対応できません。この場合も手動キックバック(白抜き)が必要となります。
*https://helpx.adobe.com/jp/indesign/using/trap-presets.html#trap_preset_options
キックバック(白抜き)

キックバック未処理

版ズレ時




キックバック処理後
キックバック(白抜き)_4Cブラック

キックバック未処理

版ズレ時




キックバック処理後
キックバック(リッチブラック)_A

キックバック未処理

版ズレ時




キックバック処理後
キックバック(リッチブラック)_B

キックバック未処理

版ズレ時




キックバック処理後
トラップ処理
トラップ(被せ)処理を行う際に使うアクションです。予めテキストはアウトラン化しておきます。
トラップ(スプレッド)、トラップ(チョーク)
トラップ(スプレッド)は、パスのアウトライン(線への対応)をかけたものをコピーして背面へペースト。パスのオフセットで数値と角の形状を指定してオーバープリントを適用して完了です。構造的にオーバープリントが反映しない場合は、乗算を使用します。
トラップ(チョーク)は、パスのアウトライン(線への対応)をかけたものをコピーしてオーバープリントを適用後に前面へペースト。パスのオフセットで数値と角の形状を指定して完了です。パスのオフセットの仕様として、マイナス値が結果的にオブジェクトの幅を超えると適用されません。この状態だとオーバープリント属性が失われ、In-RIPトラップの対象となり二重処理により予期せぬ結果を招くので注意が必要です。
トラップ部分とオブジェクトの面積の関係で色の変化が目立ちデザインに影響する場合は、トラップ幅の調整が必要です。
トラップ(スプレッド)

トラップ未処理

版ズレ時




トラップ処理後
トラップ(チョーク)

トラップ未処理

版ズレ時




トラップ処理後
パスのオフセットを使用した場合に起こり得る不具合
パスのオフセットは、アンカーポイントが極端に多いオブジェクトに対して−値を適用すると予期せぬ挙動を起こしますので、ロゴマークを自動トレースしたようなオブジェクトには注意が必要です。このような場合はトラップ処理の基本である線を巻く方法を使います。

処理後の編集
処理後のキックバック、トラップ幅の修正はアピアランスパネルから行えます。部分的なキックバック、トラップ処理が必要な際は、処理後に分割して不要なオブジェクトの削除を併用するなど、パズルを一つ一つ解いていくような柔軟な対応をしてください。また、グループに対するアピアランスはグループを解除すると全体の効果が消失しますのでアピアランスを分割するようにしてください。
減色トラップ
Illustratorデフォルトのトラップは濃度を40%に落とす減色トラップです。日本の製版、印刷業界では馴染みがないですが、トラップ部分の色がオーバープリントによる掛け合わせで濃く目立ってしまうのを抑える効果があります。しかし、版ズレ時にはベタでなく網点が現れる事による視覚的なビリ付きで逆効果となる場合がありますのでAMスクリーンでは網点角度に注意が必要です。また、網点によるトラップのため、濃度の適正値は紙白と掛け合わせ部分の両方を考慮しつつ色校正での視覚的判断によって求めなければなりませんが、私が担当しているミリオンセラーの連続記録を更新しているアイドルグループの作品は印刷物として求められる品質も別格であり、この減色トラップを使って校了できたものもあります。

通常のトラップ処理

減色トラップ処 理
キックバック(画像)
画像に対してもキックバック処理は必要です。この場合、リッチブラックのCMY成分を逃す代わりに画像を伸ばした部分へスミベタを被せる形にします。

キックバック未処理


版ズレ時



キックバック処理後
キックバックとトラップの併用
4Cブラック+特色のような場合、キックバックとトラップの併用が必要になります。




キックバック&トラップ処理後
InDesignでのトラップ処理
InDesignではIllustratorのようなパスのオフセットがなく、テキストのアウトライン化も危険が伴うため、In-RIPトラップに任せるケースがほとんどです。しかし、4Cブラックである黒の画像上にある白抜きオブジェクトや透明効果の影響を受ける場合、In-RIPトラップでは対応できないので手動キックバックが必要となります。
InDesignにはアクション機能がないため、テキストをアウトライン化する事なく処理が可能な専用のスクリプトを開発して対応しています。また、オリジナルのオブジェクトには変更を加えずロック、もしくは非表示にしているのでトラップ処理したオブジェクトのみの削除も容易です。
InDesign専用スクリプト

特色データの作成方法
トラップ処理にも関わってきますが、特色データの作成方法は以前のようなプロセスカラーで置き換えるのではなく、今は色数に関係なく特色で指定するのが基本(4C+特色の画像も1ファイルで作成)です。プロセスカラーで作成する場合は、ND値とスクリーン角度を考慮する必要があります。例えば、特色2CをCとMで作成するとND値はそれぞれ0.61と0.76でIn-Ripトラップ、Illustratorのトラップ共に明るいCが広がります。実際に印刷で使用される特色もこの関係が同じでなければ印刷事故です。また、CとMのスクリーン角度はそれぞれ15°と45°です。網点となる部分の絵柄に対して角度的にビリつきは生じないかを考えた上でそのチャンネルを指定しているのかという問題もあります。これまでは製版側でチャンネルの置き換えや出力時に角度チェンジで対応してきた上で成り立っていたワークフローであり、他のプロセスカラーを使用するものと付け合わせして印刷する事はできなくなります。



特色で作成する場合は、最適なトラップ処理の判断が可能なだけでなく、スクリーン角度もチャンネルに依存するのではなく絵柄によって判断するので制作側の意図を推し量る必要もありません。デザイン面で言えば、Illustratorで透明グレースケールに対して着色できるのは特色のみであり、プロセスカラーでの置き換えはできません。そして、最も大きなメリットは印刷結果をシミュレーションできる点です。トラップが正しいか正しくないかの判断(幅だけでなく濃度差の点からも)を処理しながら確認できるだけでなく、誰が見ても印刷結果を把握できるという意思の疎通においても確実です。見た通りに印刷されるというPDFワークフローに適っています。
過去、あるいは制作上の都合でプロセスカラーで作成された特色データであれば、一目で印刷結果をイメージできるようにフィックスアッププロファイル「PDFのプロセスカラーを特色に変換」を使って確認用PDFを用意するといった管理が必要です。
印刷物の制作には必要な最適化処理
音楽、アニメ関連の印刷物にはこれらのトラップ処理が必須となるため、デザイナーからのPDF入稿は皆無です。このような処理をデザイナーに求めるのは酷です。自社ではイメージマスクにも対応できるIn-RIPトラップを積極的に活用していますが、それでも期待通りの結果とならない場合は手動トラップによる対応となります。その処理ができないようでは校了できませんし製版オペレーターとして通用しません。このような知識と技術によって印刷物の品質は支えられています。
多くの人が勘違いをしていますが、自動スミノセやIn-RipトラップはRIPによって最適化されたNormalized PDFを作成するために使用します。その結果をAcrobatで確認の上、出力時に自動スミノセ処理はしない、なおかつ設定されたオーバープリントは破棄せず保持するデータママ出力をします。そうしなければPDF通りの印刷結果を得られるワークフローから外れてしまい、トラブルが起きた際にPDFを確認しても意味がなくなります。また、各社の出力環境(RIPの種類や設定)によって印刷結果が異なる恐れもあります。